ふらりと入ったお店で、ひとめぼれ。

黒にも見える濃茶のセーター。シンプルなメリヤス編だけれど、小さなセーラーカラーに袖は甲まで覆って親指を引っ掛けて着るデザイン。セーラーカラーと書くと子供っぽいイメージだけれど、色と素材が良いのでとてもシック。
イタリア製のウール100%。細い細い糸で編んであるのでとっても柔らかくて軽い。質もデザインも良いなぁ素敵だなぁと思うものってイタリアの、男ものが多い気がする。これもメンズ。でもとっても細身のデザインなのでこれは絶対私着られる、と確信して購入。
帰って着てみたら、着心地の良さにうっとりする。薄手だからしなやかで、薄手なのにとても暖かい。ユニクロのフリースも軽くて暖かいけれど、軽さは同じでもっと暖かい。
で、なにが素敵って、このセーターをユニクロフリースと同じお値段で手入れたこと。ふらりとはいったリサイクルショップで、1500円の未使用品。なーんて買い物上手なんだ私!


11月は風のない穏やかな日が多かったので、ヒートテックのインナーにこのセーターを重ねてどこへでも行った。
気に入りの良いものを着ると、背筋が伸びるね。

雨の朝

2011年11月19日 日常
静かな雨の朝。

昨夜は、好きな人が夢に来てくれた。
あいかわらず無茶なひとで、でも私はその無茶なところが大好きで。私は当惑しながらわくわくしていた。

「パーマネント野ばら」というタイトルがずっと頭の中にあった。どこまでも続く野ばらの草地、空までも伸びてゆく蔓ばら、永遠の野ばら。実はパーマ屋の屋号なんだけれど。どこにもない永遠。

ベランダの手摺りの下で膨らんでゆく雨のしずく。膨らみきって落ちてゆく瞬間が見たい。

「喫茶店だ、喫茶店だ」。
ガラス窓を伝い落ちる雨のしずくを見るたび、そう言っていた男の子を思い出した。中学生だった。車のウインドウだろうと、体育館の窓だろうと、雨が伝えば「喫茶店だ」。嬉しそうに言ってたっけ。

ベランダのしずくは、まだ持ちこたえている。小糠雨。








もーほんと、貧乏臭くて、下世話で、田舎臭くて、ダメダメで。フタして目を背けて知らん顔して通り過ぎてしまいたいんだけど。だけど、おんなのこ達はいつだって健気で逞しくて、セツナイ。

おやすみ

2011年11月5日 日常
不思議だなぁ。

「すみません。お休みさせてください」

欠勤の電話を切ったとたん、なんだか具合が良くなる。
休日を儲けたような気がしてなにかしたくなる。
いえ、風邪引いてだるいので、もちろん家でおとなしくしてますけれどね。

ごきげん君

2011年11月1日 日常
最近、隣のアパートに引っ越してきた男子が面白い。人相風体は把握していないのだけれど、彼のお出かけ、帰宅、在宅状況はたぶんご近所中に周知されていると思われる。

彼はなんだかいつもご機嫌なのである。外階段を軽快に昇り降りしながらいつも鼻歌を歌っている。彼のハミングを聞きながら、おお今日もご機嫌だね、と可笑しくなる。

そして在宅中は絶唱なのである。
この時季は窓全開なのである。ご近所中に丸聞こえなのである。残念ながらあまり上手くはないのである。私がイマドキの歌を知らないせいもあるのだが、なにを歌っているのかもまったくもって不明である。でもって絶唱なのである。ご近所には小煩いおばあちゃんもいるので、いつ文句がゆくかと少し心配ではあるのだけれど、いまのところ事なきを得ている。まあ、深夜でもないし決まって一曲を2回絶唱して終わるので許容範囲内というところなのかもしれない。
それと、歌っている彼がなんだか幸せそうだからかもしれない。
上手いわけでも声が良いわけでもないのだけれど、彼のご機嫌な感じが伝わるのである。

この間は口笛を吹きながら出掛けていったのだけれど、これはとても良かった。曲もすぐわかった。ジョン・デンバーの「カントリーロード」。秋の空気にとてもよくあっていた。すごく懐かしく聞いて、続けて口笛を吹いてみた。彼のほうがずっと上手だった。

いつも口をついて歌が生まれてくる彼はいま幸せなんだなぁと思う。うつむいて歌は歌えないものね。

漏れ聞く人物像

2011年10月28日 日常
自伝、評伝、それからエッセイなんかを読んでいて面白く記憶に残るのは、当のご本人のことではなく交友関係の中で登場してさらっと語られる人物だったりする。

白洲正子の評伝。青山二郎が「お前の文章はダメだ」とネチネチ言い募って小林秀雄を泣かせたという。それが学生時代の話とかではなく、「ゴッホの手紙」出版以後の話と知って驚く。青山二郎という人に興味が湧く。その指摘を受け入れていたらしく、薄っすら涙を浮かべていたという小林秀雄の人柄にも感じ入ってしまう。

佐野洋子が二度目の夫について語る。「この人は日本語を自分だけのものと思っているのか、と思うことがあった」。日本語は自分だけのものってすごいなーさすが谷川俊太郎、と笑った。詩人とはそういうものかもしれないけれど、その傲岸さを呆れられるは夫婦だからだなぁと面白い。

テンペスト

2011年10月27日 読書
テンペスト
 われわれ人間は夢と同じもので作られている。
 そのささやかな一生は眠りによってその輪を閉じるだけな
 のだ。



子供の頃に誰もが読まされた「リア王」「ベニスの商人」以来、大人になって初めて読むシェイクスピア。エドマンド・デュラックの挿絵の暗い美しさに魅かれて。
妖精たちが活躍するファンタジーの読後感は、なぜか寂々としたものでした。不思議な静けさの支配する嵐。

遠い音

2011年10月14日 日常
良い季節になった。

2階の和室の掃き出し窓を開けてベランダの緑を眺めている。
風になる前の、気持の良い空気がゆっくりと流れてくる。

音を聞く。
裏の棕櫚がざわざわと鳴る。ひよどりが甲高く鳴き交わす。
どこかの家の鎚音。川を渡る電車の鼓動。車のエンジン。誰かのくしゃみ。空を行く飛行機のジェット音。雀のちゅん。テリアのきゃん。外階段を昇る靴音。窓を閉める音。小学校のチャイム。
口笛。電話が鳴ってる。

槌音は同じリズムだ。
カン、とひとつ叩いて、カンカンカンカンカン、と五つ。

遠い生活音を聞くのが好きだ。


   ・・・・・・・・


薔薇の枯れた枝を切ったり、徒長したツツジを刈ったりしながら午後を庭で過ごした。ぱちんっ、ぱちんっ、とハガネの植木バサミは小気味良い音を立てる。秋の乾いた空気に良く通る音。
この音、父の使うハサミの音を前は部屋で聞いていたっけなぁ。
のどかな休日の音だった。
茶の間のエアコンのドレンホースが朽ちてボロボロになっていたので、夏仕舞いの掃除を兼て取り替えた。
前に住んでいたマンションでも補修したことがあったので、ドレンホースと配管用テープ、パテを揃えて小一時間。

こういうDIYは苦にならないのでどうということもないのだけれども、父がいたらこの簡単な作業の、手を抜いちゃいけない部分とか、ちょっとコツのいる部分とかを判って面白がってくれただろうなと思う。
もちろん夫も母も普通に感心し労ってくれるわけだけれども、何をやっているのか作業の中身に興味を持って見てくれるのは父だけだったろうから、父が一緒だったら、「前にもやったんだよーえへん」と得意げに作業を楽しんだろうな。

父がいないとつまんないな。

夢のはなし

2011年9月23日 日常
今朝見た夢の覚書。

........................

心地良い眠りから覚めると、図書館の中にある個室だった。ぼうっとしていると、「失礼します」と言ってメイ氏が入ってくる。彼は「どうですか?」と聞くが答えを待たずに部屋を出て行く。相変わらず風のようだわと思いつつ、メイ氏を見て自分の仕事を思い出す。
広々とした図書館の中に、高円寺の古本屋のような一画があり、そこで何も考えずに本を一冊抜き出すと、黴臭い本に埋もれた机からオヤジがぼそりと言う。「その本は実は2冊あるんだ」と。
声の主は鶴見俊輔、私の手にした本は『スプートニクの恋人』。
その言葉に私はうろたえる。世界を崩壊させる秘密でも聞かされたように狼狽する。
どういうこと?と焦っていると、突然の大雨で天窓から雨が流れ込んでくる。
この図書館は船なのだった。それもタイタニック号のようなクラシカルな客船。階段を上がり、ひと気のないフロアの扉をあけてゆくけれど、探しているものは見つからない。というより、私は何をさがしているのかわからないし、そもそもなにか探しているのかさえわからない。
重いコンクリの扉を開けると、中から人の声が聞こえる。ぼそぼそと。外国語。
慌てて扉を閉める。こんなところにいてはいけないと、ますます焦るが、どこへ行けばいいのか、なにをすればいいのか。

.........................


なんだか疲れる夢だった。でもすごく鮮明な夢。
『スプートニクの恋人』は読んだことがない。タイトルはなんだか魅かれるものがあるけれども、ムラカミさんには手が出ない。
どんな話だろうと検索して、ああ、やっぱり全然興味の持てない話だなぁ、と再確認。
図書館、客船、メイ氏、鶴見俊輔、スプートニク、外国語。
はて?

蜜柑と檸檬

2011年9月22日 日常
庭に根を張った樹々は、毎年花をつけ、実もつけてくれるけれども、その年ごとに随分と様子が違っている。

昨年、鈴生りに実って、ひと冬味わうことができた蜜柑が、今年はまったく実を結ばなかった。花そのものが数えるほどしか咲かなかった。昨年6月にあまやかに鼻くすぐった蜜柑の香りを今年はかがなかった。
「もう蜜柑が咲いてるだろ?」と病院で父に聞かれ、「去年、生り過ぎたか」「収穫後の肥料が足りなかったか」とふたりで話した。退院したら剪定をしよう、と言っていた。

父は木に咲く花と、実の生る樹が好きだった。

一昨年春、裏の物置の脇で育ち損なっていた檸檬の木を陽当たりの良い場所に植え替えた。「この檸檬はなんで実がつかないんだろうなあ」としきりに首をひねるので「檸檬は陽当りのいい乾いたところが好きらしいよ」と付け焼刃の知識を披露すると、何日か後に引越しが済んでいた。
ちょっと強引過ぎたのか、その後、常緑樹の檸檬がすっかり葉を落としてしまって心配したけれども、昨年の春からは元気に葉を茂らせて今年は花も咲き、実も生った。檸檬というにはずんぐりと丸い大きな実。
実が生ったことを父に話したのは、7月の終わりで、もうモルヒネを入れて痛みを抑えていたときだったので、ちゃんと伝わったかどうか・・。「うん」と言って、うなづいたように見えたけれど、私がそう思いたかっただけだったかもしれない。

父の棺に緑色の檸檬をひとつ入れた。


秋が始まって、この時季の父の庭仕事がどんなものだったか思い出そうとするのだけれど、不肖の弟子はちゃんと親方の仕事を見ていなかったので、さて、と途方に暮れている。せめてあれこれの樹々を枯らさないようにと思うのだけれど。


喪服というのは、いつだって流行遅れだ。

訃報があるたびに、買い換えたいなと思うのに、そこで買い換えたとしても次がすぐあるとは限らないし、やっぱりどこかしら流行遅れになる。
喪服のデザインなんてそれこそオーソドックスの極みのように思えるけれども、やっぱり微妙に古臭かったりもするのだ。まあ、抹香臭い場なんだから、古臭いほうがふさわしいのかもしれないけれど。

私の喪服はもう15年は前のものだ。着てみたら肩のパッドがなんだかちぐはぐだったので縫い目を解いて外す。袖山の小さなギャザーも、なんだか気に入らない。
喪服を着てパールをつけようとして、ああ、もうこれはダメだなと思った。若い子ならいいいけれども、葬儀ならもうブラックパールをつけたほうが相応しい年代だもの。

父の葬儀の後、ふたつ訃報が届いた。
葬儀では神妙な顔しながら、みんなどんな喪服着てるのかしら・・と、こっそり。ステキな喪服姿のひとなんていなかったな。そっか、やっぱりそれでいいのね。

しゃれこうべ

2011年8月27日 日常
駅へ行く途中に、空き家の裏庭の横を抜ける細い路地がある。通勤の近道で、ときどき通っている。

7月の中頃。その裏庭の片隅に白い小さなしゃれこうべを見つけた。フェンス越しにちらりと見ただけで、立ち止まったりもしなかったのだけれど、しゃれこうべだって、はっきり判ってしまったのだ。

父の病状が希望のないものになってきていた時期だったから、厭なもの見つけてしまったと思った。それは夏前に生まれて、近所を駆け回っていた野良の子猫の一匹のようだった。カラスにでも襲われたのかもしれない。少し前まで生きていたものの骸。気持が沈んだし、とてもとても厭だった。

お清めの塩か水でも撒こうかとちらと考えたけれど、そんなことはしたくなかった。信心深いふりも、敬虔な人間の真似もしたくはなかった。そんな行為をしてなにかの存在を認めたくはなかったから。
でも、その道を通るのをやめることもできたのに、なぜだろう、その後も通らずにはいられなかった。歩を緩めず、立ち止まらず、視野の片隅にちらりと収めて通り過ぎるだけだけれども、見つけてしまった骸が朽ち果て崩れて散ってしまうまで付き合わないではいられない気持だったのだ。ほかにしようがなかった。

父のことがあって2週間ほど仕事を休んだので、しばらくその路地を通っていない。あの幼子のコブシくらいのしゃれこうべ、細い華奢な骨、今日の大雨に洗われて土に帰ってくれていたらいいのに。もう、終わりにしたい。


鼻毛がのぞいていた。
出棺前の、最後のお別れで花を棺に納めていて気がついた。

病室で髭は剃ったし爪は切ってあげたけれど、鼻毛は気がつかなかったなぁ。鼻にチューブ入れてたし、酸素マスクもしてたからなぁ。爪や髪は亡くなってからも伸びるって聞いたけど。
まあ誰も気付かなかったよね、ほんのちょっとだったし。

そんなにヤツレテ見えなかったし、キレイな顔してたよ。

6月の終わり、体調が少し上向いてきたように見えた父。
お粥が出されるようになって、食べたいと思うものを少量ずつ食べてみて良しと許可が出た。
母がなに食べたいかと尋ねると「ビスケット」と即答したという。

翌日、病室へ行き「ビスケット食べたって?美味しかった?」と聞くと
「うん美味しかったぁ・・」と、その言葉よりなにより目尻のしわを深くしてみせた笑顔が、どれほどの美味しさだったかを語っていた。咀嚼し味わい飲み込むことのシアワセが父の顔にあった。

ふた月、絶飲食で過ごした後の一枚のマリービスケット。
父だけが知る美味。


それが父が食べた最後のもの。
その後またすぐに絶飲食になり、いまはもうなにかを咀嚼する力は残っていない。
3ヶ月飲まず食わずでも、人は生かされてしまうものなのだ。

憎まれ口

2011年8月2日 日常
父は言葉数の少ないほうなのだが、時々ぼそりと憎まれ口を利く。けっこうなクソ爺なのである。
実家で暮らすようになって夫と母と私、立場上、私が一番の標的にならざる得ないのは仕方ないのだが、またそれが的を射ているのでさらにむかつくのである。



鼻から腸液を抜く管を入れ、心電モニターのパッチを貼られ、中心静脈に入れた針に3種類もの点滴バッグを繋がれ、酸素マスクを当てながら、それでも言うかの憎まれ口。
鎮痛剤が効いてうとうとしていると思って母と話していた。明日の用事の段取りを打ち合わせていたら、ぼそり。

「美藤は鉄砲玉だから当てにならないぞ」

このところ活舌怪しくなっていたのに、憎まれ口だけははっきり言いやがる。
死に行く父に、素でむかつく娘である。クソ爺め。鉄砲玉は当ってるけどさー。むかつくー。

病院を出て、クッソジジーとつぶやきながら涙が止まらない。
スマートフォンに替えた。
いままでも携帯“電話”の必要性が限りなくゼロに近かったので携帯PCとしてスマートフォンを使ってみたかった。

ショップでスマートフォンの契約を進めながら思ったのは、「iモードの終わり」ということだった。

スマートフォンでは、そのままドコモのアドレスでメールは使えるけれども、SPモードと名前が変わった。
「iモード」自体は解約したのでもう私のケータイにiモードはかけらもない。ドコモなのに。
docomo=iモードというイメージが強いので、不思議な気がするし、iモードは終わるんだなぁとサビシイような気さえする。

「iモード」はやっぱり事件だったと思う。
携帯電話なんて鬱陶しいだけだから要らないと思っていた私がケータイを買ったのはメールが使えるようになったというのが魅力だったからだ。iモードのコンテンツを購入してまで使うことはなかったけれど、iモードがモバイルの楽しさを知る扉を開けてくれたことは確かだ。

インターネットのサイトがそのまま閲覧できるスマートフォンの利用者が増えれば、ちまちまと見難い携帯サイトも消えていくだんろう。
iモード事件の終焉なんだなぁと思った。

わるい風

2011年7月20日 日常
暑いのに、からだを冷やすわるい風が吹いている。

気圧や湿度の変化がそのまま体調に現れるようになった。
若い頃は、低気圧や高湿度で頭が痛くなるなんてことなかった。内なるエネルギーが低気圧なんかはねかえしていたのか。これが歳をとるということかと思うけれども、若いってことは随分と鈍くて蛮だということでもあるみたいだ。歳をとるとは感受性が高くなることと思おう。負け惜しみ。

ホテイアオイの花は、突然咲く。
南の湿った風が咲かせたのかな。

最近、いつもバックに入れている「徒然草」。

以前はその時々に読んでいる本を持ち歩いて読んでいたのだけれど、この頃は目が疲れるので電車の中で読めなくなり、単行本など持って出ても荷物が重くなるだけだったので本を持ち出さなくなっていた。でも、ちょっとした待ち時間やひとりの食事のときなどに目を落とすページがなにもないというのも落ち着かないもので、フリーペーパーや備え付けの新聞雑誌を手にしていたのだけれどなんだか物足りない。
ああそうだ、この本ならそういう時の徒然なる読書にぴったりじゃないか、と駅ナカの小さな本屋にあったこれを買って日々のお供にしている。

佐藤春夫の訳書があるなんて知らなかったのだけれど、読みやすくてよい。適当にページを開いて読む。同じ段を何度も読んだりするのだけれど、何度でも読めるところが古典なのだよね。
教科書で間抜けな仁和寺の法師の話とか読まされた記憶があるけれど、通い婚がよい、とか、忍ぶ恋のひとつもしておけ、とか書いてる段こそ古典の入り口に載せてあげればいいのにねぇ、と思う。
これを読み慣れたら、注釈付きの原典本でも読んでみようか。

携帯で読む「だいありいのーと」とこの一冊はつれづれのお供にとても良い。


削る切る引く

2011年7月7日 日常
今週の休みはモミジの枝落しで終わった。四方八方につんつんと伸びた新枝がなんともむさくるしいので、下のほうは植木バサミで梳いて、樹冠は屋根の上から高枝バサミでばっさばっさと切り落とした。見た目も涼やかになり、実際風通しも良くなった。夏仕様のモミジ。
ついでにこれまたむさくるしさの極みともいえるツツジを剪定。枝葉が混んでいると虫の棲み処・猫のトイレになるのですっかすかに切る。さっぱりっ!

庭木の剪定をしていてつくづく、あ~私って切ったり削ったりという作業が好きなんだなぁと思った。

子供の頃の美術の時間、得意とまでは言えないけれども好きだったのは版画とか彫刻とかだった。一番困ったのは油絵。どこまで塗ったらいいのか皆目わからないのだ。ぺたぺたといくらでも色を置いてゆけてしまうので完成点が見えないから。要は才能がないってことなんだけども。
削ってゆくほうはこれ以上はもう削れないというところがわかるし、すでに完成形が埋もれていてそれを掘り出す、というような感じでわかりやすいから好き。調子に乗って「あ、彫りすぎた・・」ってのもあるけれども、「過ぎた」ってことがすぐわかるところもいい。

何年か前にすこし遊んだ陶芸の手びねりでも、陶土を積んで行くところよりも、積んだ土を手ロクロ回して削ってゆくのが楽しくって仕方なかった。
なんだろうね。足していく作業よりも引いてゆく作業のほうが私には向いているみたいだ。

次の休みはサカキの茂みに手を入れよう。切るよ-!

1 2 3 4 5 6 7 8 9 >

 

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

この日記について

日記内を検索